金属活性種についての基礎研究

光応答性をもつ複核有機金属錯体

情報やエネルギーの担い手として、光は私達の生活を支える技術の重要な核の一つとなっています。20世紀には光と物質との相互作用の研究に飛躍的な進歩がもたらされ、21世紀にかけては光と分子との様々な形の相互作用が明らかにされてきました。

これは光による励起で分子の構造が変化したり、分子に電圧をかけると光を放出するというもので、従来の“熱による化学反応”では達成できない機能につながります。実際にこれを応用した有機化合物の光機能性の研究が、フォトクロミズムや有機ELとして現在花開いています。では、有機金属化合物ではどうでしょうか?

金属特有の色や磁性の可逆変化は、新機軸の分子スイッチの夢を与えます。金属を含む有機EL素子も華やかな話題となっています。まだ仮想的なものですが、光と熱で構造を可逆的に変化する有機金属錯体が触媒機能をもっていれば、光をあてたときと熱をかけたときでそれぞれ異なる経路の化学反応が起こり、面白い化合物製造プロセスや、重合であれば共重合制御へと展開する夢が出ます。

これはそういった夢のもと、未来の光機能性分子を目指す複核有機金属錯体の基礎研究です。

光/熱による可逆的な異性化反応

図の架橋アセナフチレン鉄2核錯体(1-A)の溶液に光を照射することで鉄の配位位置が振り子のように転位する構造変化が起こり(1-B)、光を遮断するとゆっくりと元の構造に戻る、という光による可逆的な構造変化の現象を発見しました。

その他にも一連の架橋グアイアズレン配位子を持つ鉄やルテニウム2核錯体の光異性化反応についての研究も報告しています。

論文 Matsubara, K.; Oda, T.; Nagashima, H.
Diruthenium Carbonyl Complexes Bound to Guaiazulene: Preparation
and Thermally Reversible Photoisomerization Studies of Phosphine
and Phosphite Derivatives of (μ235-guaiazulene)Ru2(CO)5 and Iron Homologs. Organometallics 2001, 20, 881-892

Matsubara, K.; Mima, S.; Oda, T.; Nagashima, H.
Preparation, Structures, and Haptotropic Rearrangement
of Novel Dinuclear Ruthenium Complexes, (μ235-guaiazulene)Ru2(CO)4(CNR).
J. Organomet. Chem. 2002, 650, 96-107

この鉄2核錯体1-A 1-Bの異性化反応は、固体状態でもきれいに進行することを実証しました(複核有機金属錯体では世界初)。下図のように赤外スペクトルが劇的に変化します。そしてこれは、10回以上の繰り返しに耐えるのです。


論文 Niibayashi, S.; Matsubara, K.; Haga, M.; Nagashima, H.
Thermally Reversible Photochemical Haptotropic Rearrangement
of Diiron Carbonyl Complexes Bearing a Bridging Acenaphthylene or Aceanthrylene Ligand.
Organometallics 2004, 23, 635-646

光/熱による可逆的な金属−金属結合組換え反応

図の2種類の錯体―――チタン錯体とルテニウム2核錯体―――を混合した反応溶液は、加熱では何も起こりませんが、光を照射するとRu-Ru結合が切断され、Ti-Ruの結合が新たに生成することを見出しました。さらに面白いことに、生成したTi-Ru錯体は、光を遮断するとゆっくりと元の構造に戻ります。これは、光による可逆的な金属−金属結合組換え反応です。

この反応の特徴的な性質は、Ti錯体が常磁性でTi-Ru錯体が反磁性なので、光照射に伴って色だけでなく磁性も変化することです。(右図:紫外可視吸光(UV)スペクトルと電子スピン共鳴(ESR)スペクトル)

また、3価チタン錯体と同核2核錯体との間で起こる金属−金属結合組換え反応は、種々の構造の錯体について一般的に起こることを見出しました。つまり様々な同核2核錯体から、様々な異核2核錯体を簡単に合成することができるのです。このように、光反応以外にもクラスター化学として興味深い事実が明らかになってきています。これについては、以下のような報告をおこなっています。

論文 Niibayashi, S.; Mitsui, K.; Matsubara, K.; Nagashima, H.
Novel Titanium-Cobalt Complexes Formed by Reductive Cleavage
of a Co-Co Bond in Co2(CO)8 by Titanocene tert-Butoxides
: Synthesis, Characterization, and Mechanistic Aspects for Metal-Metal Bond Recombination.
Organometallics 2003, 22, 4885-4892

The Effect of Titanium Alkoxides in the Synthesis of Heterobimetallic Complexes
by Titanocene(III) Alkoxide-Induced Metal-Metal Bond Cleavage of Metal Carbonyl Dimers
Niibayashi, S.; Mitsui, K.; Motoyama, Y.; Nagashima, H.
J. Organomet. Chem. 2005, 690, 275-285